「3月のフレーミングリップスのライブ、ヨシミ完全再現とベストソングの二部構成!」と小林(高校の友達)からラインが来たのは年始。仕事も落ちついていて余裕があった僕は、小林と日程を合わせてチケットをとることにした。3月27日、DAY2。小林も含め、俺よりフレーミングリップスが好きな人はいっぱいいるけど、それでも僕にとっても好きなアーティストの一つであり、ずっと見たかったことに偽りはない。
遡ること10年以上前、僕はスペシャの遊びチームと共に、メタモルフォーゼに向かっていた。その時代は、メタモルフォーゼやタイコクラブをはじめ、素晴らしい大型野外レイブが関東近郊で行われており、みんなでしょっちゅう遊びに行っていた。その日もメタモでフレーミングリップスが見れるってことで楽しみにしており、向かう車内は馬鹿話で盛り上がっていた、が、そんな中、イベント自体が中止になった連絡を誰かが受け、泣く泣く東京に折り返したという体験をしている。そんなこともあって、念願のフレーミングリップスだったってわけ。
ライブが近づいてきたある日、小林から27日用事が入って26日に行くわ、というライン。僕は26日はスペシャの高根さん(僕が唯一アシスタント着いてた先輩)の送別会でその日は絶対外せないので、別々の日に行くことになった。まーまた飯でも食いながら感想を言いあえればいいだろう。
ライブ前日の26日。高根さんの送別会は、これまた直径の先輩ディレクター(と言ってもいいですよね)であるブーやンさんの店(静岡おでんが美味い)で行われた。この日のメンバーは、まさにスペシャのあの時の遊びチームが集まっており、でも、タイコクラブの終焉と共になんとなくみんなで遊びに行くことが無くなったので、5年以上ぶりに集まったイメージがある。なとさんやみさおさんKENT大先生を筆頭にまさに気心知れたメンツ。本当に楽しい会だった。KENT大先生と用意した「DAXLIVE最終回、聖KENT祭SPOT、タイコクラブのつちのこ串田」を繋ぎ合わせたBGV、緊縛漢市橋、高根ナポレオン、社長の涙など、もう既に思い出深い。
村尾さんが来れれば完璧だったけど、これまたまさかのフレーミングリップスの対バン、コーネリアスの撮影で来れなかったのが、なんとも絡み合ってて面白い。みんなを送り出して、KENT大先生やはじめちゃん、ブーやンさんとしっぽり飲んでる時に、フレーミングライブ帰りの陶山さん(大先輩ディレクター)がやってきて、ネタバレがんがんされたのだけは予想外の展開だった。おもろかったけど。
そして、フレーミングリップスライブ当日。僕は、音への集中力を高めるために、泉天空の湯でばちっとサウナを決めて会場に向かう。会場であるゼップ羽田に入ると、大ちゃんとケンゴがいてワッツアップ。ちょろっと話して、レモンサワーでチューニングしつつ、客席へ。遠目にブーやンさんと目が合い手を振る。手前のFOHでは、カメラセッティング中の村尾さん。簡単に挨拶をして、良い位置を探る。
一バンド目はコーネリアス。音が鳴る。スクリーンに映し出された映像は、音と完全に同期していている。演奏が始まる。ぶっちゃけて言うと、当日はフレーミングリップスを見にきたのであり、コーネリアスは、まー見ておくか、くらいの気持ちだった。村尾さんの手伝いでもライブ見てるしな、とか。でも、お客さんとしてお金を払い、荷物を預け、お酒を飲み、音楽を聴くためにチューンナップされた僕の体は研ぎ澄まされており、そんな状態で体験するコーネリアスは別格の良さがあった。それぞれのプレイヤーが最高で、映像も素晴らしい、演出映像のディレクターの方も含め、今までのそのプレイヤーが鍛錬してきた時間、バンドの集中力と練習量、その全てがタイトでパワフルで超クールなグルーヴに落とし込まれており、まじで涙が止まらなかった。音楽最高!と言わざるを得ない。ライブ後、僕は脱力した。
フレーミングリップスはもちろん素晴らしかった。ノスタルジックな気持ちにもなって、いろんなこと思い出したりしながらライブを見た。帰りの電車では、結局、サービス的にやってくれたレースフォーザプライズが延々ループしてた。
こんなブログを今、僕は下北沢から東北沢に続く遊歩道のベンチで書いている。そろそろ迎えにいかなければな、と席をたとうとした時に仕事の電話。4月に行く羊文学のアメリカツアー帯同の話だ。未来が語りかけてくる。楽しみである。そんな話をしていると、自転車に乗った地元の友達、松田が現れる。少し話して、松田と小林含め飯でも、と言って別れた。
今日の下北沢は夏みたいな気候で、僕は上着を脱いでかばんにしまった。